◆スリランカ民主社会主義共和国の新型コロナウイルス感染症の現状と対策について

佐藤惠子(東京外大AA研・非常勤研究員)


 スリランカで確認された累計新型コロナ感染者は2834名、死者は11名である(2020年8月5日現在)[1]。致死率は0.39%であり、近隣国のインド(2.10%)、モルディブ(0.43%)、バングラデシュ(1.33%)と比較しても低く抑えられている[2]。本稿では、スリランカでどのように新型コロナウイルス感染症が発生・伝播したのか、現状と対応、そして社会への影響や課題について論じる。


➣新型コロナウイルス感染症の発生と経時的変化

 2020年1月27日スリランカで最初の新型コロナ感染者が報告された。最初の患者は中国人旅行者で、スリランカの国立感染症研究所(National Institute of Infectious Diseases :NIID)に入院して治療を受けた。感染者の他、スリランカ人2名を含む感染疑いの5名が国立感染症研究所で経過観察となった[3]。国内2例目でスリランカ人最初の新型コロナウイルス患者はツアーガイドの男性で、2020年3月11日に感染が確認されている[4]。スリランカの保健省によると、初期に発生した新型コロナウイルス感染症患者は多くが帰国者と団体旅行に関連している[5]。

 更に経時的に感染件数の変化をみると、スリランカでは4月下旬、5月下旬及び7月中旬に感染者数が増加している。(図1)4月下旬の流行と関連しているクラスターはスリランカ海軍とその関係者で、収束まで3ヶ月かかり海軍で合計906名の感染者がでている[6]。7月10日に一日の感染者数最大300名の陽性者が確認されたが、これはカンダカドゥ依存症治療センター(Kandakadu Treatment and Rehabilitation Centre: KTRC)に関連するクラスターであった[7]。2020年8月5日時点でのスリランカの感染者数2834名の内訳は、外国関連(外国からの帰国者や外国人)968名、海軍及び濃厚接触者950名、KTRC及び濃厚接触者603名、そしてその他が313名である。内訳からみても、国内では海軍とKTRCのクラスターの2つがかなり大きなクラスターとなっている。 

➣新型コロナウイルス感染者の地域別状況

 大きなクラスター、検疫センター(Quarantine Centre: QC)、外国人等を除くと感染状況には地域差がみられる。感染者が多い上位5県は①コロンボ県(160名)②ガンパハ県(38名)③プッタラム県(35名)④カルタラ県(34名)⑤アヌラーダプラ県(20名)である。この地域カテゴリーは感染者の過去7日間に滞在した場所を考慮して作成されている。他県と比較しても人や物の流れが多いコロンボ県は感染者が多く、西部州は全県(コロンボ県・ガンパハ県・カルタラ県)が入っている。

 しかし、8月4日付けの直近2週間以内の症例数に基づく分布図では、ポロンナルワ県KTRCの近くにあるlankapuraのみ高リスク地域(赤色)で、それ以外は2週間感染者が出ていない低リスク地域(緑色)か感染者が一度もでていない地域(黄色)である。(図2)

 7月29日から8月5日までの新たに陽性となった感染者を辿ると、現在は初期の頃と同じようにほとんどが外国からの帰国者とその濃厚接触者で、それ以外はKTRCのみでKTRCでは1日あたり1名新規感染者がでる日もあれば感染者が0名の時もある1,[8]。

 従って、海外からの帰国者の新規感染者やKTRCクラスターのくすぶりはあるものの、現在の感染状況は落ち着いている。


➣早期診断・濃厚接触者追跡の徹底と隔離センターの活用

 スリランカ人感染者確認後、州知事・省庁関係者・軍・警察関係者・県や企業の関係者等40名からなる大統領タスクフォース(Presidential Task Force)が設立された。タスクフォースの業務は、米・穀物・野菜等の生産に必要な機器や種子の提供、医薬品や乾物の輸入及び紅茶や衛生衣料品の輸出等生活に支障がでないよう決定や実施をすることである[9]。また、大統領の指示により新型コロナウイルス感染症の予防や管理等を調整する新しい組織、新型コロナウイルス感染症予防に関する国家オペレーションセンター(National Operation Centre for the Prevention of COVID-19: NOCPCO)が設置されている[10],[11]。

 スリランカでは、"発見・追跡・隔離の徹底"を重視している。感染者の陽性診断後、迅速に厳密に濃厚接触者を追跡し、隔離を行なっている。市中感染を防ぐため、クラスターの時点で集中的に徹底的にクラスターをなくす形である。人口密度が高いスラムでは地域全体を隔離する方法もとられた[12],[13]。新型コロナウイルス感染症の流行国から入国する人のため2020年3月16日にはブーサ海軍基地にWifi・テレビ・洗濯機等必要な設備が準備されている検疫センター(Q C)を設置した[14]。他の検疫センターも軍によりスリランカ各地に設営されている12。PCR検査は香港でSARS等を研究しているスリランカ人病理学者マリク・ピーリス教授にも助言をもらい国内1例目が報告される前に検査室を設置している。PCRは大規模に行うのではなく、症状のある人に対し行っている。全国複数の病院に隔離施設を設置し、発熱や呼吸器疾患の症状を呈する患者は隔離ユニットに入院してもらい、そこでPCR検査を行っている。その後市中での感染状況を知るため、市場の労働者・運転手・スラムで暮らす人々等高リスクと考えられる人々にもPCR検査を実施している12,13。3月19日には国際的な商業旅客機受入れが禁止され、到着ビザの発給も停止された。また、クルーズ船の乗客乗員共に上陸は不可とされた[15]。その他、幼稚園から大学までの休校措置、選挙の延期、外出禁止令の発令、在宅勤務の奨励や経済的な支援等の対策もとられている[16]。


➣新型コロナウイルス感染症と技術開発

 技術開発により新型コロナウイルス感染症に立ち向かおうとする動きもある。スマートフォンの活用があり、濃厚接触者の追跡アプリや医療従事者のための装置がある。"MY HEALTH Sri Lanka" はスリランカ保健省とInformation and Communication Technology Agency (ICTA)により開発されたアプリで4月に使用が開始された[17]。患者と接する機会を減らす車輪付き遠隔操作装置Medi Mateも海軍研究開発センターにより開発された。Medi Mateは距離をとりながらコミュニケーションをとり、薬や食事の運搬を行うことが可能である。医師や医療従事者を感染から守るために開発され4月には複数の病院に配備されている[18]。文房具製造業の会社Atlas Axilliaが開発した無人搬送車(Automated Guided Vehicle: AGV)も医療従事者の安全を守るため複数の病院に配置されている。この搬送車は食事・薬の運搬ができる他、温度センサーによる検温と記録も可能である。また、患者のモニタリングや患者との会話を遠隔で行い感染者との接触を必要最低限に抑えている[19]。President's College at Embilipitiyaの学生が発明したDr.Robotは感染者の治療をして自身が感染し亡くなった中国人医師のニュースを知り、医療従事者のリスクを削減できないかと考え開発されたロボットである。以上のように医療従事者が感染者と距離を保つための装置だけで少なくとも3つ以上が開発され、開発者も海軍・民間企業・学生と多種多様である。ロボットだけでなく通路を通ると消毒される消毒通路の開発等新型コロナウイルス感染症予防を通して様々なものが開発されている[20]。また、中国からの旅行客の感染が報告された2日後には、保健省の要請により流行国から入国する旅行者の登録と追跡に重点をおいたソフトウェア(DHIS2 Tracker, nCoV-2019 Surveillance)が作成され、稼働している[21]。技術開発は治療面でも進められ、電気自動車を製造する民間企業(Vega Innovations)と保健省が協力し、1台650USD以下で製造可能な人工呼吸器(従量式持続的強制換気)が開発されている[22]。新型コロナウイルス感染症に対する様々な開発が進められる中で、スリランカ政府は新型コロナ感染症に対する発明の特許取得・試験・量産等の支援を表明している[23]。


➣新型コロナウイルス感染症が社会に与える影響

 スリランカには神秘的なシーギリヤロック等の世界遺産もあり自然豊かな国である。観光業は主要な産業の一つであり、また重要な雇用創出と外貨獲得の手段でもある。2009年の内戦終結後、観光客数は順調に伸びていたが、2019年4月の連続爆破テロにより一時7割減となる。その後、様々な施策を実施し12月には前年度比9割以上回復となっている[24]。2019年は凄惨なテロを乗り越え観光業を成長させた年であった。しかし、2020年の新型コロナウイルス感染症の影響で宿泊施設はキャンセルが続き、スリランカ等観光業が主要な産業となっている国は雇用と国際収支に打撃を受けている[25]。また、他の産業よりは影響が少ないとされている農業でも、農家の推定210万世帯が生計を失う危機にさらされているとも言われている[26]。

 新型コロナウイルス感染症の世界的な流行は、経済のみならず人々の日常生活にも変化をもたらしている。例えば、スリランカでは外出禁止令の影響もありテレビを見る人が増加し、電子商取引も急増している[27]。また、生活スタイルだけでなく新型コロナウイルス感染症を通してムスリムとの壁という社会の変化も見えてきている。スリランカでは新型コロナ感染症の死者は火葬する。しかし、ムスリム社会では死者を火葬しないため、火葬に対する強い拒否感がある。また、火葬ではなく埋葬することが公衆衛生上危険であるという根拠を提示しないのなら、政治的な意図があるともとれるという声も出ている[28]。スリランカ国内では仏教徒とムスリムとの衝突で2018年3月には内戦終結後初の非常事態宣言が発令され、2019年に連続爆破テロが起こる等、近年宗教に関連した社会の不安定さがあるだけに、今後の動向が気に掛かる。弔いは人々にとって重要な儀式であり、宗教・慣習・文化など多様な背景に影響を受け、様々な方法で実施されている。しかし、コロナ禍では埋葬方法にみるようにその多様な方法を一元化せざるを得ない状況になり、それが社会の不安定さを招いている。

 世界的に猛威を振るう新型コロナウイルス感染症は経済・社会・生活習慣等多くの人に様々な変化を起こしている。それに伴う課題も出てくるだろう。様々な国には色々な対応方法があり、一つの正解があるわけではない。スリランカでは技術開発を活用しながら新型コロナウイルス感染症と向き合っている。技術開発は未来とつながっている。新型コロナウイルス感染症対策を通し、スリランカにはマイナスの力を次の原動力に変える力強さを感じる。



[1] Situation Report No.191, Epidemiology Unit Ministry of Health, Sri Lanka

[2] Johns Hopkins University of Medicine HP https://coronavirus.jhu.edu/region
 (閲覧日:2020年8月5日) 

[3] Situation Report No.1, Epidemiology Unit Ministry of Health, Sri Lanka

[4] Situation Report No.45, Epidemiology Unit Ministry of Health, Sri Lanka

[5] COVID-19 Exposure History, Epidemiology Unit Ministry of Health, Sri Lanka

[6] Welisara Navy cluster comes to end as last three sailors recover from Covid-19,

Daily Mirror, July 21 https://www.dailymirror.lk/breaking_news/Welisara-Navy-cluster-comes-to-end-as-last-three-sailors-recover-from-Covid-19/108-192344
(閲覧日:2020年8月5日)

[7] Kandakadu cluster under control - Dr.Jasinghe, Sunday Observer, 19 July 2020.

https://www.sundayobserver.lk/2020/07/19/news-features/kandakadu-cluster-under-control-%E2%80%93-dr-jasinghe (閲覧日:2020年8月6日)

[8] Situation Report No.184~190, Epidemiology Unit Ministry of Health, Sri Lanka 

[9] Presidential Task Force established to combat COVID - 19 in Sri Lanka, news.lk,

March 27,2020 https://www.news.lk/news/political-current-affairs/item/29875-presidential-task-force-established-to-combat-covid-19-in-sri-lanka (閲覧日:2020年8月7日)

[10] Public gatherings further restricted, Presidential office, https://www.president.gov.lk/  public-gatherings-further-restricted (閲覧日:2020年8月7日)

[11] Prevention of COVID- 19 outbreak: Army Chief to spearhead National Operation Centre, Ceylon Today, March 18 2020. https://ceylontoday.lk/news/prevention-of-covid-19-outbreak-army-chief-to-spearhead-national-operation-centre(閲覧日:2020年8月7日)

[12] Dealing with Covid-19: lessons from the experience of Sri Lanka, The Indian Express, June 30 2020, https://indianexpress.com/article/explained/dealing-with-covid-lessons-from-the-experience-of-sri-lanka-6482114/(閲覧日:2020年8月7日)

[13] Targeted and tough control measures helped Sri Lanka arrest virus spread, THE HINDU,

May 24 2020. https://www.thehindu.com/news/international/targeted-and-tough-control-measures-helped-sri-lanka-arrest-virus-spread/article31660481.ece (閲覧日:2020年8月7日)

[14] Quarantine centre set up Boossa Naval Premises, National Operation Centre for prevention of COVID-19 outbreak, https://alt.army.lk/covid19/content/quarantine-centre-set-boossa-naval-premises(閲覧日:2020年8月7日)

[15] Coronavirus Travel Restrictions, Across the Globe, The New York Times, July 16 2020.

https://www.nytimes.com/article/coronavirus-travel-restrictions.html(閲覧日:2020年8月8日)

[16] COVID-19 Response and Counter measures in Sri Lanka,アジア防災センター

  https://www.adrc.asia/publications/disaster_report/pdf/covid19/LKA_eng.pdf

(閲覧日:2020年8月7日) 

[17] THE MOBILE APP - "MYHEALTH SRI THE MOBILE APP -,Ministry of Defence Digital Infrastructure and Information Technology Division https://www.mdiit.gov.lk/index.php/en/digital-news/item/78-the-mobile-app-myhealth-sri-lanka(閲覧日:2020年8月9日)

[18] Navy-made second 'Medi Mate' handed over to Kalubowila Teaching Hospital, Sri Lanka Navy, https://news.navy.lk/eventnews/2020/04/12/202004121530/(閲覧日:2020年8月9日)

[19] Atlas axilia hands over three more AGV Robots to protect healthcare workers against COVID-19, Atlas axilia, https://www.atlas.lk/news/atlas-axillia-hands-three-agv-robots-protect-healthcare-workers-covid-19/(閲覧日:2020年8月8日)

[20] Coronavirus boosts innovations, Ministry of Defence, https://www.defence.lk/Article/news_features/1628 (閲覧日:2020年8月9日)

[21] Innovating DHIS2 Tracker and Apps for COVID-19 Surveillance in Sri Lanka, https://www.dhis2.org/sri-lanka-covid-surveillance(閲覧日:2020年8月9日)

[22] Low-cost Medical Ventilator Manufactured by Vega Innovations to Support COVID-19 Outbreak, https://www.vega.lk/articles/2020/04/01/low-cost-medical-ventilator-manufactured-by-vega-innovations-to-support-covid-19-outbreak/?fbclid=IwAR29EDHeHzYTQfImaXqMoForiEMFJ_ODHpJKl7K5koDv1LQNABadm9WhC_o (閲覧日:2020年8月9日)

[23] Technology and Innovation Ministry of Higher Education, Technology and Innovation, https://www.mostr.gov.lk/web/index.php?option=com_content&view=article&id=169:if-you-have-a-successful-invention-to-defeat-corona&catid=8:events&Itemid=200&lang=en

(閲覧日:2020年8月9日)

[24] 同時爆破テロから1年、スリランカの観光業への影響は 一時はテロ前水準に回復も、
コロナの直撃深刻, JETRO 地域・分析レポートhttps://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2020/4421a43d703e98f8.html (閲覧日:2020年8月7日)

[25] Empty hotels in Sri Lanka and Nepal point to lengthy economic hit, NIKKEI Asian Review, April 3 2020. https://asia.nikkei.com/Spotlight/Coronavirus/Empty-hotels-in-Sri-Lanka-and-Nepal-point-to-lengthy-economic-hit(閲覧日:2020年8月7日)

[26] Impact of COVID 19 on food supply chains in Sri Lanka, Netherlandyou.nl HP,

https://www.netherlandsandyou.nl/latest-news/news/2020/06/02/impact-of-covid19-on-food-supply-chains-in-sri-lanka (閲覧日:2020年8月8日)

[27] 11 ways a Lankan Consumer has changed: Post COVID-19, Daily FT, June 22 2020,

https://www.ft.lk/columns/11-ways-a-Lankan-Consumer-has-changed-Post-COVID-19/4-701970 (閲覧日:2020年8月8日)

[28] Coronavirus funerals: Sri Lanka's Muslims decry forced cremation,BBC, https://www.bbc.com/news/world-asia-53295551(閲覧日:2020年8月9日)

20200406
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